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我が家の庭の菜園でトマトが真っ赤に熟れている。無農薬であるから、食べたいときに好きなだけ、口服 避孕 藥その場でもぎとってはかぶりつく。無作法ではあるが何とも心地よいひと時だ。口中に甘酸っぱい果汁が広がり、独特の芳しい匂いが鼻腔に抜ける感触が堪らない。
  「舌に溶くる トマトの色よ 匂ひよと たべたべて更に 飽かざりにけり」(若山牧水)

 さて、宮沢賢治の作品には、トマト、青い蕃茄(トマト)、半分熟したトマト、黄いろのトマトなどが登場する。賢治は教職についていた頃、学校の畑でトマトを栽培し、とれたてのものに塩をつけ、昼食やお菓子代わりにむしゃむしゃと美味しそうに食べていたそうであるから、トマトに物語の役割をそれぞれ担わせているのも理解できる。

 童話「セロ弾きのゴーシュ」では、半分熟したトマトが登場する。ある日、三毛猫がゴーシュの畑からとった半分熟したトマトをさも重そうに持って来た。ゴーシュはそれだけでも腹を立てるのだが、三毛猫は演奏を聴きに来たわりには、
い方をする。わざと未熟なトマトを手に持ってきたのも、“あなたの演奏はまだまだ未熟だ”ということを遠まわしに言うためだったのだろう。
 ゴーシュは自分をばかにするような三毛猫の態度に腹を立てるが、激怒してはセロを弾き、やがて演奏に“感情が出ない”という問題を解決した。ゴーシュは、次々と他の動物に技術的にも精神的にも助けてもらい、次第に優しさと慈悲の心のようなものが芽生えさせて行った。そして、遂に音楽会でゴーシュの演奏が聴衆の心を動かすのである。結果的に、三毛猫がゴーシュの畑からとったきた半分熟したトマトがゴーシュが人間的に成長していく第一歩となった補習社